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仙台家庭裁判所 昭和61年(少)269号 決定

少年 B・K子(昭46.10.26生)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(犯行に至る経緯)

少年は、横浜市において父A、母B子の三女として出生したが、6歳のとき仙台市に転居した。父は単身で遠隔地へ仕事に赴きほとんど家を明けたままで、母は、保険外交員に従事したのち、少年が昭和59年4月中学校に入学してからは、ホステスとして夜間稼働し、少年を含めた子供達は、両親との接触が稀薄で、放任されて成長した。少年は、中学校2年生の1学期末ころから、夜遊び、不純異性交遊、怠学、喫煙、窃盗を繰り返すに至つたが、両親は当初これを注意したものの、まもなく特に咎めなくなり、少年はその非行の程度を強めていくばかりであつた(後記第二の窃盗はその一部である。)。そのような中で、昭和60年11月ころ、少年は1学年上でいわゆるツッパリ顕示をしていたK・C子(以下「C子」という。)と知り合い、気が合うことから時々交友していた。

そして、昭和61年3月4日午後4時30分ころから、C子に誘われて、C子外その友人3名と中学校卒業記念にと仙台市○○所在の○○公園で写真撮影を行い、午後6時ころ、C子に連れられて同女宅を初めて訪問した。ところが、少年が同席しているにもかかわらず、C子は身に覚えのないことで母親であるK・D子(以下「D子」という。)から非難され、しばらく同女との間で激しい口論を行つた。口論が一段落し、同女は、C子に対し夕食を食べるのであれば何か買つてくるように指図したのち、日頃よく行うように炬燵の中に下半身を入れ服を着たまま枕をして寝入つてしまつた。

(罪となるべき事実)

少年は、

第一  昭和61年3月4日午後6時30分ころ、仙台市○町×丁目×番××号D子方茶の間において、就寝中のD子を眺めながら、炬燵に入りC子と向い合つて母親についての話になり、C子において、D子の怠惰な生活態度、日常の憤懣、先程の口論から、ふと「こんな親、殺してやりたい。」と口をついて出たのに対して、「やつぺ。やつぺ。」と軽く調子を合せて言い、その殺害方法について色々と冗談のつもりで話し合つていたが、その際町内会費の集金があり、C子が応対し終えたのち、その旨D子の耳元で声を掛けても、同女がただうなつて眠り続けていたため、アイロンを頭の上に落としたらどうか、紐で首を絞めるのはどうかなどと再び同女の殺害方法についてC子と話し合つているうちに、C子が首を絞める道具として隣室の洋服箪笥脇からスチームアイロンを持つてくるに及んで、D子を殺す話が具体性を帯びてくるとともに、C子において、従前からのD子に対する憎悪の気持が高じてきて、もはや同女を殺害するほかないと考えるに至つたところ、先程の口論やその後におけるD子の態度から、同女に対して憤慨し、C子のD子に対する感情に共感を覚えていたが、それまでと違つてC子の表情が真剣になつたことから、即座にC子の意図を察して、C子とともにD子を殺害しようと考え、ここに少年、C子両名は意思を相通じ、両名において上記スチームアイロンのコード(幅約0.7センチメートル)をあおむけに寝ているD子の首の下部を通して上部で交差させて1回巻き付け、C子において、一旦は逡巡したものの、ここで同女に気付かれては大変なことになるとの気持も手伝つて気を取り直して、午後8時ころ、互いに声を掛け合つて、C子においてアイロンの本体を抱えながらD子の左手側のコード端を、少年において右手側のコード端をそれぞれ力の限り引つ張つて絞め付け、更に、D子の生死を確かめるべく同女の胸に耳を当て、心臓の鼓動音をC子と相互に2、3回確認しつつ引つ張り、よつてその場で同女を窒息によつて死亡させ

第二  別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、6回にわたり同表共犯者欄記載の共犯者と共謀のうえ、同表日時欄記載の日時に、同表場所欄記載の場所において、同表被害者欄記載の被害者の所有する同表被害品欄記載の金品を窃取し

たものである。

(法令の適用)

第一(殺人)につき 刑法60条、199条

第二(窃盗)につき 同法60条、235条

(処遇の理由)

C子が、母D子を殺害した理由は端的にいえば、自分の生い立ち及び母の現状に由来する母に対する憎しみということができ、なお納得しえない面は多々あるものの、それなりに説明することができる。しかし、少年が、D子に会つたのは同女を殺害した当日が初めてであり、同女と少年のかかわりは挨拶を交わしたにとどまるものであること、C子と少年の付き合いは、気の合う仲間といつたもので、非行を共にするということもなく、学校でC子の教室へ少年が遊びに行き話をするという程度で、C子の家庭状況について話を聞いたのもこのときが初めてであつたことから考えて、少年がC子とともに積極的に実行行為を分担し、D子を殺害したことは、極めて不可解である。

あえてこれを説明するならば、次のように考えざるをえない。すなわち、少年は、全く両親から放任され、こまやかな配慮のある暖かい家庭とは無縁で、家族各自が勝手気ままに生活している中で過ごしてきたという成育歴から、両親の注意を獲得し、母に対して当て付け、あるいは寂しさを紛らわすために、不良交友から非行性を深化させ(罪となるべき事実第二の窃盗参照)、善悪の観念が弱化(「悪いことなら何でもやつてみたい」という構えの定着化)してしまつていた。そして、少年は、上述した監護不全のため、他者への依存傾向が強く、情緒の統合性が未熟であり、些細なことで気分が変化し、攻撃的言動が目立ち、衝動性が高いということができる。したがつて、殺人といえどもその反対動機の形成が稀薄であり、しかも過剰に感情的反応をすることとなり、本件殺人におけるような状況下では、容易にC子と同一化し、何ら躊躇することなく殺人を敢行してしまつたものと推測される。それにしても、少年の行動は唐突であり、ある意味ではこのことが少年の情緒面での未成熟さを如実に示しているということができる。

少年は、本件殺人を犯したのち、C子とともに遊びに耽り、通りすがりの男達と性交するなどの挙げ句、2日後に盛り場を徘徊中補導されたもので、その無分別な行動には呆れるばかりである。その後徐々に内省に向いつつあり、ある程度悪いことをしたということは感じてきているものの、事案の重大さを真剣に受け止めるに至つているとはいい難い。

一方、我が子が殺人という重大な犯罪を犯したにもかかわらず、父母の対応は、相変わらず他人事のようである。しかし、曲がりなりにも両親が鑑別所の少年に面会に行つたことで、少年は両親に見捨てられていないことを認知し、内省の契機となりつつある(ただ、少年は、他者依存傾向が強いため、他人の歓心を買うために軽率な行動をしやすく、他人とのかかわりの中で非行につながるおそれが多いところ、この他者依存傾向を改善し、自立を促すためには、少年が両親をあまりに頼りすぎるのも問題である。)。

少年は、自分と特にかかわりのない他人をいとも簡単に、しかも残忍な方法で殺害したもので、本件殺人が社会に与えた衝撃も極めて大きい。少年は年齢の上から、検察官送致の対象となりえないが、少年にはその社会的責任を十分に感じてもらわなければならない。少年がこの責任を感じるようになれることと、少年の更生とは密接に関係するが、少年の更生を図るためには、既に述べたところから明らかなように、情緒面での発達を促し、対人関係において深い交流を持てるようにし、「悪いことなら何でもやつてみたい」との構えを崩すことが是非とも必要なことである。そして、既述の諸事情を総合すれば、これは一定の統制圧が掛かる施設での処遇に委ねるほかはないもの、と考える。更に、前述のとおり、少年の抱える問題が何よりも両親の生活態度に由来することに照らせば、この間に、両親に対し、少年の問題を家族の問題としてとらえることができるように、かつ、少年を受け入れつつその自立を促すために、少年との精神的交流を深め、自分達の生活を変えていく(すなわち家族の実態を備えるようにする。)ように、指導を施すべきである。なお、少年は、現在中学校3年生なので、初等少年院で生活指導を施すとともに義務教育を修了させたうえ、本件事案の特殊性、少年の中心的な矯正課題である情緒面での成熟には時間がかかることが予想されることに鑑みて、更に生活指導を相当期間行うことを考慮すべきである。また、仮退院の時期については、事案の重大性を勘案し、矯正課題及び環境調整の達成を見極めて、慎重に決定する必要があると思料する。

よつて、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を初等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 大門匡)

犯罪事実一覧表

番号

共犯者

日時

場所

被害者

被害品

E子

昭和60年11月11日午後5時ころ

仙台市○○×丁目×番×号○○2階株式会社○○売場

株式会社○○

イヤリング1組ほか2点(時価合計3300円相当)

同上

同日午後5時15分ころ

同所3階株式会社○○ぶんぐ○○売場

株式会社○○ぶんぐ○○

クリームケース2個ほか1点(時価合計1120円相当)

同上

同日午後5時30分ころ

同所1階有限会社○○売場

有限会社○○

ムース1個ほか2点(時価合計900円相当)

同上

同日午後6時40分ころ

同市○○×丁目×番×号株式会社○○仙台店1階売場

株式会社○○

コロン1個ほか10点(時価合計8890円相当)

F子

昭和61年2月22日午後3時40分ころ

同市○○×丁目×番×号株式会社○○2階売場

株式会社○○

ズボン1本ほか1点(時価合計1万3600円相当)

同上

同日午後4時15分ころ

同市○○×丁目×番×号株式会社○○仙台店1階売場

株式会社○○

ブラウス2枚ほか1店(時価合計5100円相当)

昭和61年少第269 641 829号

少年審判規則第38条第2項に基づく少年院に対する処遇勧告書〈省略〉

少年の環境調整に関する件

少年 B・K子 昭和46年10月26日生

本籍 横浜市○○区○○×丁目××番地の××

住居 (少年院収容前)

仙台市○○×丁目×番×号○○ハイツ○棟○○号

上記少年は、別添決定謄本により、昭和61年4月11日当庁において初等少年院送致の決定の言渡しを受け、現在青葉女子学園に入園中ですが、同決定の処遇の理由に記載してありますとおり、少年の更生を図るためには、下記のとおりの措置をとることが是非とも必要であると思料しますので、少年法24条2項、少年審判規則39条に基づいて要請します。

仙台保護観察所長は、環境調整の措置として、少年の両親に対し、

〈1〉 少年の問題を家族の問題としてとらえることができるように、

〈2〉 少年を受け入れつつその自立を促すために、少年との精神的交流を深め、自分達の生活を変えていく(すなわち家族の実態を備えるようにする。)ように、指導、援助すること。

仙台保護観察所長殿

昭和61年4月16日

仙台家庭裁判所

裁判官 大門匡

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